山本ひろしのプロフィール

プロフィール

山本 博司(やまもと ひろし)

  • 昭和29年12月9日 愛媛県八幡浜市で4人兄弟の二男として生まれる。
  • 愛媛県八幡浜市立松蔭小学校、同八代中学校、県立八幡浜高校、慶応義塾大学法学部政治学科卒。
  • 昭和52年、日本アイ・ビー・エム(株)に入社。29年間、企業・法人への営業や新人社員の研修を担当。営業では年間売り上げ目標を12回達成し、平成17年は社内のMVPを受賞。
  • 平成19年7月、第21回参議院議員選挙(比例区)初当選。
  • 所属委員会:厚生労働委員会委員、議員運営委員会委員、北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会委員。
  • 現在、公明党市民活動局次長、同厚生労働部会副部会長、同離島振興対策プロジェクトチーム事務局長、同四国方面副議長。
  • 香川県高松市在住。
  • 家族は妻と二男、一女の5人家族。

誕生~少年時代・学生時代

写真:少年時代

山本ひろしは1954年(昭和29年)12月9日、愛媛県八幡浜市で生まれました。

八幡浜市立松蔭小学校、同八代中学校を経て、愛媛県立八幡浜高校に入学。中学・高校と卓球に汗を流し、高校ではチームとして四国大会ベスト8に入りました。

写真:学生時代

高校を卒業後、慶應義塾大学に入学した山本ひろしは、そこで自分の可能性をどこまでも信じ抜いてくれる友人や恩師と出会い、それが彼にとって人生の大きな転機となりました。

社会人として - 地域のために働く人、結果を出すリーダー

写真:社会人として

大学を卒業後、日本アイ・ビー・エム(株)に入社し、29年間、顧客獲得競争が激しいコンピューター業界大手の営業マンとして、企業や法人など顧客のニーズと視点に立った商品システムを提案。

人並みはずれた集中力と執念で、年間売り上げ目標を12回達成。昨年は、社内部門のMVPに輝くなど、どんな状況でも結果を出す抜群の“決着力”を持つリーダーとして活躍。

情報化社会を担う新しい人材の育成を担当し、独自の研修コースを開発。「一人ひとりの個性や長所を見つけ、可能性を引き出し、伸ばす」ことを心掛け、全国で約1500人を一流の営業マン、システムエンジニアに育て上げました。

また東京に住んでいた時には、約15年間、町内会の活動に積極的に参加。交通部長、副会長として防火・防犯パトロールを行い、地域のために尽力。

また、若者の就職活動を支援する特定非営利法人「NPO人材アカデミー」の理事を務め、シンポジウムや講習会を開催するなど、若者の就職を応援し続けています。

父親として - 野に咲く花のように

写真:父親として

山本ひろしは長女が2歳の時、睡眠障害などを伴う重度の知的障害と分かりました。

妻と2人で「野に咲く花のように」(ダ・カーポ)を口ずさみながら、懸命に介護・子育てに奮闘。多忙な合間を縫い、ひとりの父親として、障害者団体主催の訓練や行事に長女を連れて積極的に参加。

「娘を通して、いろんな世界を見ることができ、謙虚さを学びました。平凡なことに幸せを感じ、感謝の思いがこみ上げてきました」。

こうした苦闘の経験が、政治を志す彼の大きな原点となっています。たとえば、町内会の活動や、高齢者の生き生きとした老後のための囲碁サロンなど、「人のぬくもりがあふれる社会づくり」の原動力になっています。

「国民に尽くすことが政治本来の使命。悩める庶民の側に立った優しさこそ政治に必要」と、社会的弱者に温かい手を差し伸べる福祉のネットワークづくり、子育て支援策の拡充に意欲を燃やしています。

これからが本領発揮!

写真:これからが本領発揮!

そして今、山本ひろしは大きな一歩を踏み出しました。

現場で磨きぬかれた実力と、ひとりのために尽くす誠実さをあわせ持つ山本ひろしは、これまで培(つちか)ってきた経験をより多くの人のために活かしていく決意です。

公明党では市民活動局次長、災害対策局次長、少子社会総合対策本部事務局次長として活躍。

そして、中国・四国、また全国へと歩み続けています。

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このページの最終更新日:12/17

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